大掃除は部屋が語りかけてくる|信用と信頼の違いを考えた日
大掃除は、季節に関係なくする私です。そうするようになってから、とても楽になりました。お正月前にまとめて大掃除をしなくていい暮らしは、思いのほか快適です。
「信用してるからね」が子どもに響く理由
子どもの頃、親によく「信用してるからね」と言われていました。そのたびに「ああ、信用されていないんだな」と感じていたのです。信用していたら、わざわざ「信用してるからね」なんて言わないだろう、と。でも、自分が親になってみると、子どもを120パーセント信用することなんてないのだな、と分かります。信用している・していない、という問題ではないのです。
自分自身だって信用ならない、でも信頼はできる
振り返ると、私自身のことも信用なんてできません。絶対に覚えていると思ったことを間違えて覚えていたり、絶対に忘れないと思ったことを、忘れたことにすら気づかなかったり。牛乳を買いに行ったのに、牛乳だけ買わずに帰ってくることもざらにあります。でも、信頼はしているのです。「私は大丈夫」と。信頼って、多分、愛に近いものなのだと思います。子どものことも同じです。やると言ってやらないことは多々ありますが、それでいい。問題ない。大丈夫なのです。
部屋が「掃除して」と語りかけてくる
自分を信頼していると、不思議なことが起こります。「今日ここ掃除して」と、掃除してほしい場所から言われるような感覚があるのです。食器棚、ベッドの下、一番多いのはお風呂の壁と天井。お風呂に入った瞬間に「掃除して!」と感じるのです。特別汚れていないと思いながらもやり始めると、意外なところにカビが生えようとしていたりして、「助かったわ」となることも。そんな掃除の仕方にしてから、大掃除という行事は我が家から消えました。
信用はできなくても、信頼はできる。自分にも、子どもにも、住まいにも。その感覚が、日々の暮らしを楽にしてくれるのだと思います。
